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2/2 お花見とタンカン狩りツアー![]() ![]() 沖縄ではすでに桜が満開となっています。旅行会社が主催しているバスツアーも人気の様です。今回はバスツアーのコースをまねしてお花見に行ってきました。コースは今帰仁城跡(ここは世界遺産にもなっていて石を積んだ城壁が今もきれいに整備されています)、八重岳櫻まつり(標高453mあり頂上までの道路脇には4千本の櫻並木になってます)、タンカン狩り(ミカンのような、いよかんのような・・・果物)といったメニューです。 櫻の種類は寒緋桜といって満開に咲いていても、上野公園や靖国神社みたいに華やかな物では無く梅や桃に近いような気がします。なので、沖縄では「お花見」といっても桜の下で宴会等はやらないみたいです。今帰仁城を一通り見学して八重岳の桜並木を車で通り過ぎ頂上に着くと、桜は一本も無く広い野原となっていました。こういう場所にこそ桜が欲しかった・・・仕方なくゴザを広げて普通に景色を眺めてお弁当を食べました。最後の締めでタンカン狩りをする為に農家さんを探し、タンカンをお腹一杯食べました。タンカンは一つの実を食べて美味しいとその木になっている物は全て美味しいと言う事です。今年はミカン関係はほとんど不作状態で、タンカン狩りをさせていただける所も自粛しているみたいです。このタンカンは初挑戦でしたが、ミカンの甘さよりも濃厚で美味しい。スーパーなどで最近見かけてはいたものの、買う程の魅力を感じなかったが、今回初めて食べてみて目からウロコでした。今後、味する?でも扱いたい商品でした。 ![]() ![]() |
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2/10 古宇利島(こうりじま)へ![]() ![]() ![]() ![]() 古宇利島は沖縄本島の本部半島の北東にある。ほぼ半径1キロの円形で面積3.11平方キロ、人口350人で農業と漁業の島だそうです。古くからアダムとイブに似た物語が伝えられており、沖縄では人類発祥の地として「神の島」とも知られ、フイ島(恋島または越島)とも呼ばれているそうです。 運天港から北に1.5キロ、フェリーで10分のところにある島で、1997年から架橋工事が行われて2005年に2月8日に古宇利大橋が開通しました。 この大橋は約2キロメートルあり、徒歩でも渡る事が出来てしかもタダ!無料で利用できる橋の中では日本一となるそうです。 開通翌日、早速見学に行ってきました。たまたま沖縄の旧正月と重なってか、島は渋滞。島では今までに無かった現象だと思います。橋が出来るまでは、車はほとんど無かったようで、おじい、おばあは車を避けて歩いた事が無かったみたいなので、運転手が気を付けながら走行しなければいけない。沖縄の伝統が今もそのまま残っている島で、時間がゆっくりと流れている感じがします。 この島は、今後「味する?」の拠点にしようかと企み中! ![]() ![]() ![]() ![]() 拡大写真(曇ってますが)へ |
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2/18 おきなわん、車えびすくい![]() 先日北部の方にお花見に行った時、帰る途中「車えびすくい」という看板を発見!その場は次の目的があった為そのまま通り過ぎたが、ずっと気になっていたのでまた北部に行く事があり寄っていく事にしました。車えびすくいとは、ホントに金魚すくいの様に大きい桶の中にエビがいてあみですくうという、とても豪華な遊びでした。何匹でもすくってバケツに入れていくのだが、1尾300円で料理してもらう為調子に乗って取り過ぎても後がこわい・・・大きめで活きの良いエビをすくい、それを料理してもらう為には吟味して狙いをつけなくてはいけないのだが、奴らも必死。足であみを蹴飛ばしてすぐに逃げられてしまう。何尾か追い掛けていくと何となくコツがつかめて、活きの良いエビをゲット。早速、刺身と天婦羅にしてもらい頂く事にした。やはり、取れたてのエビはウマイ!コリコリとして甘い。頭も揚げてもらい丸まる食べられる。この他「車えびつかみ」というのもあり、素手で捕まえるらしいのだがこれは難儀な事だと思う。 この「車えび」は近くで養殖されていて、11〜3月まで活きたエビを配送してくれます。 ![]() ![]() ![]() |
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2/20 中村家、見学![]() 中村家と言っても友人の中村君の家では無い! 国指定重要文化財として、約280年前の代表的な沖縄の農家の住宅が見学できる所です。北部などに行くと結構赤瓦の家は見る事が出来ますが、中がどのようになっているかは全く検討がつかなかった。もちろん畳の部屋で仕切りはふすまだけ中庭から家の中は丸見えの感じで、とても解放的な造りになっている。ここ中村家住宅は、戦前の沖縄の住宅建築の特色をすべて備えている建物で、当時の上層農家の生活が還りみる事ができます。 ![]() ![]() ![]() --概要-- 現存する建物は18世紀中頃に建てられたと伝えられています。建築構造は、鎌倉・室町時代の日本建築の流れを伝えていますが、各部に特殊な手法が加えられて、独特な住居建築になっています。この遺構は、士族屋敷の形式に農家の形式である高倉、納屋、畜舎などが付随して沖縄の住居建築の特色をすべて備え持っています。屋敷は、南向きの緩い傾斜地を切り開いて建てられており、東、南、西を琉球石灰岩の石で囲い、その内側に防風林の役目を果たしている福木を植え、台風に備えています。(中村家住宅冊子より) |
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